尾崎豊との出会い
1986年1月14日の深夜、私はテレビのチャンネルを切り替えていて、ふと目に止まったものがあった。それはフジテレビのライブ放映であった。1万人を超えると思われる会場で、オリジナルのロックンロールを一生懸命歌っている若者であった。尾崎豊「早すぎる伝説」(フジテレビ系)と銘打ったライブ放送だった。すぐに私は途中からではあったが録画した。最初から録画すれば良かったと後悔しながらも、いつか再放送されるだろうと思い、その日を待った。そして2カ月半後の3月25日深夜、0時25分から尾崎豊「早すぎる伝説」は再放送された。後にそれが1985年11月14日から15日にかけての代々木オリンピックプールでのライブ(2日間で3万人を動員)だと分かった。何度もビデオテープを見た。
当時、私の周りに尾崎豊を知っている人は誰もいなかった。2日間で3万人を動員できるミュージシャンなのに、なぜ誰も知らないのだろうと不思議に思っていた。その後、知っていると言う人が一人だけいた。世の中に知れ渡ったのはそれから6年後、皮肉にも尾崎豊が亡くなった1992年4月25日以降だった。その日からワイドショー等で何度もニュースとして流れていた。4月30日雨、東京都文京区護国寺の尾崎豊の追悼式に4万人以上のファンが詰めかけたという内容だった。また、尾崎豊という人物の紹介や歌がよく流れていた。
今となっては幻の「TOUR ’92 放熱への証」と題したツアーを見に行こうと、姫路市民会館に以前から計画していたが、尾崎豊死亡の為ライブは中止となった。
その後テレビでは何度も尾崎豊特集が組まれた。その中には、1993年11月5日「驚きももの木20世紀」少年Aの伝説・尾崎豊の肖像(テレビ朝日系)では、デビュー前のCBSソニーでのオーディションや中学時代の録音テープ、友人の結婚式での歌・スピーチ。1997年2月4日「真夜中の王国」英雄伝説The Unforgettable CUT 1 尾崎豊(BS-9)では新宿ルイードでのファースト・ライブが放映された(録画済)。
2002年4月、尾崎豊没10年、WebsiteにUPした。